甲府地方裁判所 昭和55年(ワ)309号 判決 1981年10月12日
主文
一 被告は、原告に対し、金七三万四一九三円及びこれに対する昭和五四年一一月一四日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金七五八万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一一月一四日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
原告は、昭和五四年一一月一四日午後零時頃、甲府市大里町四二一三番三号先の県道右左口・玉穂・甲府線(以下「本件道路」という)の西側を自転車にて北方の甲府市街地方面に向け走行中、折からの突風にあい、本件道路西側脇の約一メートル下のコンクリート造りの側溝(以下「本件側溝」という)に頭部から転落し、頭部打撲及び口腔内裂傷、全身痙攣の瀕死の重傷を負つた。
2 被告の責任
(一) 本件道路は昭和三四年五月一四日山梨県告示第一三三号をもつて供用を開始された県道であり、本件側溝とともに被告が設置管理するものである。
(二) 本件現場付近の本件道路には通行者の転落等による事故発生の危険を防止するための防護柵も側溝蓋も全く設置されていなかつた。
(三) 本件事故は本件道路に防護柵があり、側溝に蓋があつたなら防止できたものである。したがつて、本件事故は被告の設置・管理にかかる公の営造物である本件道路の瑕疵に因つて発生したものである。
3 本件事故に基づく損害
(一) 治療費 金四万二〇〇〇円
原告は本件事故のため前記傷害を負い、その治療費として金四万二〇〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。
(二) 休業損害 金一八七万円
原告は前記傷害の治療のため約一年間入・通院し、そのため金一八七万円、収入の減少を生じた。
(三) 慰藉料 金五六七万五〇〇〇円
原告は本件事故により約一年間の入・通院を要する傷害を負い、且つ身体障害者等級六級と認定される後遺傷害を負つたが、その結果慰藉料金五六七万五〇〇〇円(入・通院によるもの金六七万五〇〇〇円、後遺障害によるもの金五〇〇万円)相当の損害を蒙つた。
4 よつて、原告は被告に対し、本件道路の設置及び管理の瑕疵による損害の賠償として国家賠償法二条一項による損害賠償請求権に基づき、前記損害合計金七五八万七〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年一一月一四日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1のうち、原告が昭和五四年一一月一四日午後零時頃本件道路事故現場付近を自転車にて甲府市街地方面に向け走行中突風にあつて同道路西側脇約一メートル下のコンクリート製の本件側溝に転落したことは認めるが、その余の事実は不知。
2 同2の(一)のうち本件側溝が被告の設置管理にかかるものであることは否認するが、その余の事実は認める。同(二)のうち、本件現場の道路には、防護柵も側溝蓋も設置されていなかつたことは認め、その余は争う。同(三)は争う。
本件側溝は、甲府市が昭和四二、三年頃、本件現場付近の地権者の要望に基づき、農業用排水路として設置し管理していたものであつて、本件事故当時は被告が設置及び管理していたものではない。
本件事故現場付近は幅員六メートルの見通しのよい平坦な舗装道路であり、通常本件道路を利用するものであれば、道路端から転落して事故が起きるような客観状況は全くない箇所であるから、防護柵や側溝蓋を設置しなければならないものではない。建設省道路局長からの「防護柵設置基準の改訂」に関する通達(昭和四七年一二月一日道企発第六八号)(以下「局長通達」という)によつても、本件現場付近に防護柵や側溝蓋を設置しなければならないものではない。
本件事故は原告が突風にあおられて自転車を転倒させたことが原因であつて不可抗力によるもので、本件道路の設置、管理の瑕疵があつたことに因るものではない。
3 請求の原因3の事実は不知。
第三証拠〔略〕
理由
一(当事者間に争いのない事実)
原告が昭和五四年一一月一四日午後零時頃本件道路の本件事故現場付近を自転車にて甲府市街方面に向け走行中、突風にあつて本件側溝に転落したこと、当時本件道路が県道として被告の設置管理するものであつたこと、同道路の本件現場には防護柵は設置されておらず、本件道路西側約一メートル下に本件側溝があり、同側溝がコンクリート製で蓋がなかつたことは当事者間に争いがない。
二(本件側溝の設置と管理)
本件事故当時、本件側溝が被告の設置又は管理にかかるものであつたと認めるに足る証拠はない。かえつて、昭和五五年二月一五日当時の本件現場状況写真であることに争いのない乙第三号証の一及び同年五月一〇日当時の同写真であることに争いのない乙第三号証の二、証人川崎昭男、同保坂亀雄の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件側溝は、側溝とはいうものの、本件道路の雨水等を流すためのものではなく、本件道路とは別に、訴外甲府市が昭和四二、三年頃本件現場付近の地権者の要望に基づき、農業用排水路として設置したものであり、本件事故当時は本件道路とは別に被告の管理外のものであつたことが認められる。したがつて、原告が被告に対し、本件側溝が無蓋であつたことにつき本件道路に、又は本件側溝自体に設置又は管理上の瑕疵があつたとして原告の転落により被つた損害の賠償を求めることはできない。
三(本件道路の状況)
前記乙第三号証の一、二、成立に争いのない乙第二、第四号証、証人川崎昭男、同保坂亀雄の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件現場付近の道路は甲府市郊外をほぼ南北に通ずる幅員約六メートル、歩道のない一車線のアスフアルト舗装された歩車道の区別のない直線道路で、車道部分の幅員約五メートル、その両端が幅員各約五〇センチメートルの路肩となつており、路面は平坦で見通しがよく、車両の交通量は朝夕は混雑するがその余の時間帯はさほどでなく、車両同士のすれ違いの際も、大型車両の幅員が車両制限令で最大二・五メートル以下と制限されているのでさして困難ではないが、路肩部分は砂利や砂等が吹き寄せられたようになつており、自転車走行者や歩行者が通行車両等の関係で同部分を利用するときは、足場が必ずしも良好とはいえない状態にあり、本件道路における自転車走行者は、交通量がさほど頻繁ではないといつても、後続車両に追い越されるときや風雨にあおられたりしたときには、路肩部分を走行し、あるいは同部分に乗り入れ、自転車の車輪を踏み外すなどして道路下に転落する危険は決してないとはいえないこと、しかも、本件側溝は道路下約一メートルにあり、コンクリート製であるから、転落すれば重大な結果が生じるおそれが多分にあること、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
四(被告の責任)
而して、叙上認定のような本件道路の状況のもとにおいては、通常自転車走行者や歩行者の道路下への転落を防止するための設備がなければならないと解されるところ、本件現場には防護柵が設置されていなかつたのであるから、本件道路には自転車走行者や歩行者の通行する道路として通常有すべき安全性を欠くものであつて、国家賠償法二条一項にいう道路の設置又は管理に瑕疵が存するというべきである。
もつとも、証人川崎昭男の証言によれば、本件道路に防護柵を設置すれば自動車と防護柵との間に人間がはさまれて交通事故が起きる危険がないとはいえないことが窺知されるけれども、前記認定の本件道路の状況に徴すれば右に危惧されるような事故の発生は抽象的危険にとどまるものであり、むしろ自転車走行者や歩行者の転落の危険がより具体的で現実的であると認められるので、本件事故当時のような本件現場の道路の状況下においては、防護柵の設備がかえつて危険な設備であるとまで即断することはできず、同証言をもつて前記認定を覆えして本件道路に瑕疵がなかつたとまで認めることはできない。また、成立に争いのない乙第五号証によつてみても、「局長通達の防護柵設置基準」は、本件道路のような状況の道路において防護柵の設置を禁じたり、又は設置の必要がないとまで指示しているものとは到底認めることができず、同号証は前記認定と何ら矛盾するものではない。
してみると、本件転落事故は防護柵がなかつたという道路の瑕疵に起因するものと認められるので、被告は原告に対し、国家賠償法二条一項により本件事故によつて原告の被つた損害について賠償すべき責任がある。
五(原告の損害)
1 治療費 金三万四一九三円
成立に争いのない甲第二号証の一、二、第五号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により頭部打撲症、外傷性頸部症候群及び両肩関節周囲並びに腰椎管内障の傷害を負い、治療費として金三万四一九三円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。
2 休業損害
原告は金一八七万円の休業損害を主張するけれども、原告が本件事故に因り右休業損害を被つたと認めるに足る証拠はない。
3 慰藉料 金七〇万円
前記認定の如き本件道路の瑕疵の態様程度、事故発生の状況原告の傷害の程度その他諸般の事情を考慮すれば、原告の被つた精神的損害に対する慰藉料としては金七〇万円をもつて相当と認める。
六(結論)
よつて、原告の被告に対する本訴請求は、前記損害合計金七三万四一九三円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年一一月一四日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三井喜彦 林五平 高野裕)